写真展、フィルム買う


2025.8








数年前、ギッリの写真講義を読んでよりというもの
いよいよ彼の展示をこの目で観たく思い続けていました。


そして、この夏
連日、茹だるような暑さのなか
温度というものを微塵も感じさせぬモランディのアトリエにて撮られし静物を
アイコンに据え、「ルイジ・ギッリ 終わらない風景」の催しが
写美にて幕を開けました。



わたくしは意気揚々と熱気をかき分け、恵比寿へと向かったのでありました。



平日の写美は、ひんやりと、静かに、わたくしを迎え入れてくれました。
ものの見方、関係性、バランス、ストーリー、面影──
ギッリの写真よりは、撮るという意識のスイッチを入れねば起動し得ぬ神経が確かにある、ということを教えられるのです。



風景や事象は、撮られることにより、写真というかたちを得て
はじめて意味を与えられ、認識される。


そのような、写真にまつわる思考が、ふわりふわりと湧き上がってくるような
そんな展示でありました。



よくあることながら、美術館を出た直後のわたくしは
写真を撮りたくなるのです。

iPhoneのカメラで撮ればよかろう、となるところでございますが
いましがたギッリの展示を見た身としては、そう簡単にはいかぬ
そうではなく、わたくしは、フィルムの写真機を用いて撮りたい――そのように思うたのです。



展示の余韻を抱きしめながら、その足で
恵比寿駅前にございます「パレットプラザ」なる写真屋へと
フィルムを買いに向かいました。



レジの前、フィルムの陳列棚に近づきますと、Kodak社のものが目に入りました。


しかしながら、かつて愛用していたポートラやエクターの姿は
もはやそこにはなく取り扱いはごく僅か
とりあえず、いまだ使ったことのなきUltraMaxなる品を手に取ってみましたところ
その値段に思わず目を疑いました
なんと、¥2180──

わたくしは動揺し、震える手でフィルムを棚に戻すと
後ずさりながら店を後にしたのでした。



フィルム業界より各社が撤退しつつあるという話は耳にしておりましたが
まさか世の中がここまで大変な有様になっていようとは

その折、恵比寿駅前に中古のフィルムカメラも扱っている、少々趣のある「大沢カメラ」なる店があったのを思い出し、そちらへ赴くことに。


しかし、驚いたことに、こちらでも手頃とされるフィルムはUltraMaxであり
値段もまた¥2180と変わりなきもの
わたくしは一抹の希望を込めてこれを購入いたしました。


フィルムの金額が、展示の余韻に浸っていたわたくしを
静かに、そして優しく現実へと引き戻したのであります。



次の休みは、写真を撮ろうと、心に決めたのでございました。